2007年12月10日 (月)

幕末散歩 もっと行っておくべきだった

ふと思い出したのですが、去年の昨日…いえ12月9日は、幕末散歩で黒谷さんに行った日だったんですよね。

幕末散歩、当時放送していたラジオ番組『幕末ファン倶楽部』のイベントで、リスナーで連れ合って幕末ゆかりの史跡を訪ねるというのがあったんですね。何回か続いた様に記憶していますが、私が参加したのは、その2006年12月9日が、最初で最期でした。

出町柳で集合して、京大を通過して吉田山を越えて金戒光明寺に行き、会津藩士や会津の小鉄のお墓参りをして、その後、日の暮れた琵琶湖疏水沿いをみんなで歩いて…とにかく歩きに歩いたイベントだったなあ。そして、楽しかったなあ。

その後、春ごろにもう一度幕末散歩があったんですけど、参加費が高額で見送ったんですよね。 その時にはすでに番組は終わっていて、メモリアル的な意味のイベントだったんですが、今にして思えば、無理してでもお金を工面して参加すべきだったかな…。

『幕末ファン倶楽部』、いつか復活してくれると信じていたけれど、正直言って苦しいですね…。武ちゃびん様も半年ほど前に大きな病気をされたとの事で、まだラジオに出演する事自体難しい状態だそうです。

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2007年3月19日 (月)

私の中の楽観主義、特にその弊害について

さて、吉田リョウさんが亡くなってからもう一年になります。でも、私がそれを知ったのは去年の11月、武ちゃびん様こと武山峯久さんに教えて頂いたのが初めてでした。

しかもよくよく調べてみると、リョウさんは「『DREAM PROJECT』の最終回を待たずに亡くなった」そうなのです。
実は私、この放送を聞きました。でも全く、そんな事には気付けなかったんですよ。間抜けな話ですが…。

今にして思えば、パーソナリティの大五郎さんを始め出演者の皆さんは、悲しみを堪えて通常通りの形式で最終回を全うされたのでしょうね。そしてその配慮は、私にとっては半年の時差を置いてのツケとして回ってきたのでしたが。

さて、私が何故大五郎さんたちの様子に気付けなかったのかですが、私の側にも問題があったのだと思います。それは、私の中の楽観主義が災いしたという事。

最近知ったんですが、例えばコインを投げて5回連続で表が出たとします。で、次にまた表の出る確率は…やっぱり二分の一なんだそうです。続けて表が出たから次は裏が出やすくなるだろうと思ってしまいますが、表と裏の出る確率は常に二分の一なんだそうです。
で、私の場合は更に、「人生には良い事と悪い事がある、悪い事の後には必ず良い事が順番に来る」という風に思い込んでいたんですね。今回の場合はこう。

『DREAM PROJECT』が終わる。これは私にとって不幸だ。

しかしこの不幸の後には必ず幸せが来て、不幸は相殺されるはずだ。

いつかは、恐らく秋にはまた後継番組が始まって、大五郎さんやリョウさんの声を半年間楽しめるはずだ。だから今は悲しむまい…と。

…実際には、その時点でその願いは叶わなくなっていたのに。

良い事と悪い事。それぞれはコインの表と裏の出る確率の様に独立していて、こちらの希望とは何の関係も無く、あちらの都合で勝手にやってくるのが実際なんだろうな~。

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2007年2月20日 (火)

ついにこの時が

感想のアップが滞っている中なんですが、今日の放送で「幕末ファン倶楽部」が来週で最終回との告知がありました…。
ああ、3年も続いたのに…あまりにも惜しい。 去年の秋改編を突破して来年の4月までは安心と思っていただけに、ショック大です。

ともかく来週の最終回は聞き逃せないな。

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2007年2月 6日 (火)

幕末ファン倶楽部 (2007/01/22)

ラジオ関西(558KHz) 2007/01/22(Mon) 21:15-21:30(JST)

今回前半の話題は、先々週、先週に引き続き文久二年から三年にかけての龍馬の足どりについて。

文久三年一月一日、龍馬は千葉重太郎や近藤長次郎と共に、兵庫から大阪の土佐藩邸を訪れました。
そしてなんと、望月亀弥太 けんや虎之助 高松太郎を勝の海軍塾にスカウトしたのです。
いわゆるひとつのヘッドハンティング?

ちなみにこの海軍塾というのは勝の私設の塾で、後に(元治元年1864 五月)出来た海軍総連所とは一応区別して考えるべきだそうです。

後半は、小学生のリスナーからのお便り。先日の旧前川邸でのイベントに参加した方だそうです。で、そのお便りの中に、「自分の周囲には幕末の事を語り合える同好の士が居ない」という一文が。

いつぞやの「幕末が好きな事を友達から変」といわれた女子中学生の時もそうですが、幕末ファンて孤独なもんですね~。確かに戦国時代とか三国志とかに比べるとマイナーですし、特に小中学生くらいだと余計同好の士が少ないんでしょう。

でもね、だからこそこの番組があるんですよ。電波で繋がったリスナー仲間は、たとえ顔が見えなくてもみんなあなたの同好の士です。決して孤独ではないんですよ…。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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幕末ファン倶楽部(2007/01/15)

ラジオ関西(558kHz) 2007/01/15 (Mon) 21:15-21:30(JST)

今回前半の話題は、前回の坂本龍馬が勝海舟を斬りに行ったと言う伝説についての話の続編でした。
この時期、史実では龍馬は何をしていたか、というお話。

文久二年(1862)12月の彼らの行動についてですが、以下のようになっているそうです。

  • 12/09 坂本龍馬一同、勝海舟を尋ねる。 同日、千葉重太郎が鳥取藩の接待係に決まる。
  • 12/12 重太郎が接待係の勤めの為に江戸から京都に向かった。龍馬たちも同行。
  • 12/17 勝、順動丸で江戸から大阪に向かった。
  • 12/29 兵庫で重太郎と龍馬、勝が会う。

9日には重太郎は接待係に決まってますよね。大事な仕事が控えているのに暗殺なんて危険な事は出来ないだろう…というのが武ちゃびん様の見解だそうです。

あと、龍馬が17日に勝と一緒に順動丸に乗って大阪に行ったと言う説も有りますが、龍馬はその五日前に江戸を発っていますから、乗っていないだろうと言われています。
29日に龍馬たちが会った後に、勝は順動丸で江戸に帰ったそうです。ですからもし龍馬が乗ったとしたら、この時だろう…との事でした。

いや~、なかなか細かい足どりが残っているものですね。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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2007年1月28日 (日)

幕末ファン倶楽部(2007/01/08)

ラジオ関西(558kHz) 2007/01/08(Mon) 21:15-21:30(JST)

今回前半の話題は、龍馬検定直前という事で坂本龍馬のお話でした。
こういう有名人にはありがちな事なんですが、事実と違う事が伝説として流布している事が多い。

例えば「龍馬は勝海舟を斬りに行ったが、説得されて弟子になった」というお話。実は龍馬は松平春嶽の紹介で勝に会いに行ったので、別に斬るつもりは無かったとの事。
また、この時龍馬と同行していたのは近藤長次郎と亀田で、一般に言われている千葉重太郎ではなかったそうです。

何故斬りに行ったなんて物騒な話になったかというと、明治になってから勝が面白おかしく当時の事を話した為だとか。
なるほど「自分を斬りに来た刺客を説得した」なんて良い自慢話になりそうですものね。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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2007年1月25日 (木)

幕末ファン倶楽部(2007/01/01)

どうも、すっかりアップがたまってしまいました。まずは元日放送分です。
ラジオ関西(558kHz) 2007/01/01 (Mon) 21:15-21:30(JST)

オープニングの言葉は山内容堂の「一年のうち三百六十日は酔って候」
え、因みに当時は旧暦ですから(多分)、閏年でなければ一年の日数は354日です。

今回は、神戸高知県人土陽会の津野さんがゲスト。まあ、ぶっちゃけ龍馬検定の宣伝なんですけどね(苦笑)。

この回の放送で心に残ったお言葉が ありまして、それは歴史上の人物にはどうしても好き嫌いがあるが、何故か坂本龍馬だけは「嫌い」と言う人がほとんど居ないという事。

龍馬の魅力ってなんでしょうね~。
もしかしたら、プロデュースに徹してあまり前面に出ない事かな~、とも思うんですが。
あまり前面に出て自己主張されると、熱烈なファンもつく代わりに熱烈なアンチもつくんですよね。

あと、明治を生きることなく早死にしたって事もあるかもしれません。例えば山県有朋なんか、明治になってから色々と失敗して人気はがた落ちしましたよね。
大きな仕事を成し遂げて、そして報われることなく死んでいった若者というのは、伝説を生むものです。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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2007年1月15日 (月)

幕末ファン倶楽部(2006/12/25)

ラジオ関西(558kHz) 2006/12/25(Mon) 21:15-21:30(JST)

冒頭の言葉は、吉田松陰の「飛ぶが如くです飛ぶが如くです」でした。でも これってNHK大河ドラマのタイトルにも有ったような。たしかそのドラマの主人公は西郷隆盛…。

さて、この回のゲストは兵庫龍馬会副会長の右近さん。神戸の歴史等の談義で盛り上がりました。龍馬には、知られざる神戸での足跡があるのですが、意外と学校などでも教えてくれないんですよね。

右近さんは、龍馬が明石で詠んだと言う
浮きごとを ひとり明石の旅枕 磯打つ波も あわれとぞ聞く
という唄を紹介してくださいました。豪快な面が強調されがちな龍馬の、意外に知られていない一面ですね…。

「ここをクリック五・七・五」のコーナーでは、初めて都々逸の紹介がありました。
都々逸、ちなみに「どどいつ」と読みます。七・七・七・五の定型詩で、幕末関係で言うと
「三千世界の鴉を殺し ぬしと添寝がしてみたい」が有名ですね。
都々逸というと、私としては昔愛聴していた「つボイノリオのハイヤングKYOTO」でよく取り上げられていたという記憶がありますね…。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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2007年1月14日 (日)

幕末ファン倶楽部(2006/12/18)

ラジオ関西(558kHz) 2006/12/18(Mon) 21:15-21:30(JST)

どうも、すっかりアップがたまってしまいました。取り敢えず感想を書きましたので、順次アップ致します。

この回の前半の話題は教育について。
昔、江戸時代や明治時代には、学校に通わずに働きに出る「丁稚」という子供たちがいたそうです。
では教育というのはどうしたかというと、日常の生活の中で必要な礼儀や言葉づかいなどを実践的に学ぶシステムが色々と有ったそうです。

その後「学校」という専門の機関が出来て、教育の環境は飛躍的に向上した…はずなんですが、近年その機能不全が指摘されているのはいかにも残念な事です。

そういえば、この一月から始まったアニメにも、学校の存在意義がテーマになるらしいものがありまして、もしかしたら久々にアニメの感想アップ、はじめるかもしれません。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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2006年12月17日 (日)

幕末ファン倶楽部(2006/12/11)

ラジオ関西(558kHz) 2006/12/11(Mon) 21:15-21:30(JST)

OPの名言は島津斉彬。先週に続き、薩摩藩主シリーズですね。

前半の話題は龍馬検定の話題。なんと神戸高知県人会主催で「神戸編」だそうです…。なるほど坂本龍馬と言えば業績も多岐にわたる訳ですし、こういう切り売り(と言う言い方は何ですが)も出来るんですね。

そう言えばご当地検定ブームの火付け役、京都検定の試験は、この放送の前日だったんですね。因みに龍馬検定・神戸編についての詳細は、主催の神戸高知県人土陽会公式サイトもご参照ください。なんと問題の募集もしていますよ。

ここをクリックのテーマはルミナリエ。
そう、このイベントは本来「追悼」のイベントなんですよね。もちろん観光客を呼び込んでお金を落としてもらう…というのも大きな目的なんですが、あの震災の事は、忘れてはいけないと思います。

[番組録音あり・メールにて応相談]

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