2006年4月 3日 (月)

西遊記 特別巻 「秘密の書」

新聞掲載時タイトル『春休み突入スペシャル!! 西遊記ウッキー祭り! 悟空も悟浄も八戒も三蔵も! みんなで一緒にGO! WEST!!』
「今夜…秘密の巻物に隠された仰天の真実が明らかに」
関西テレビ 2006/03/27(Mon) 21:00-22:24(JST)

あんまりにも長く観ていなかったもので、すっかり忘れていた…。
フジテレビって、こんな風にやたら期待(だけ)を持たせて視聴者をつなぎ止める放送局だったんだ。

え、とりあえず感想として、「映画化決定」って、一時間半も引っ張るネタかい?
もっとね~、いつ公開だとか、どんな内容だとか、そういう情報まで教えてくれる事を期待していたんですが。

さてさてお話は、八戒が息子の八恵に、かつて自分たちが辿った天竺への道のりを語るという形での総集編でした。その物語を書き記した巻物は全部で十一巻。
そう、今までの物語の話数です。そして未だ語られていない物語を記した、十二巻目の巻物が…。

なんというか、息子への自慢話という事で、八戒はずいぶん自分が活躍したように誇張して話していますね~。

それでふと思ったのですが、今まで放送されていた『西遊記』は、悟空が語った西遊記だったのかもしれません。悟空がやたらめったら活躍していましたからね。

あと、八恵がずいぶん大きくなっていますが何時なんでしょ。「成長が早い」みたいな話だったから、意外と二、三年程度かもしれませんが。

さてさて、映画化決定との事で、充分に構想を練って、丁寧な仕上がりの作品にして欲しいですね。なんというかこのドラマ、やっつけ仕事というか、いかにも荒い出来だったという印象が有るんですよね。
いろいろと細かい矛盾とかストーリー上の破綻とかありましたし、発想は良いのにそれが出来上がりに反映されていなかったり、コンセプトは間違ってないのにそれがきちんと描かれてなかったり。

もう少し丁寧に出来なかったんだろうかと思うんです。オーストラリアロケなんてどう考えても金の掛け方やスケジュールの配分を間違ってますし、それだったらもっと特撮に金をかけてちゃんとした映像を作って欲しかった。脚本を推敲する時間や手間をもっと掛けて欲しかった。
ドラマとしての基礎体力の部分に、もっと力を注いで欲しかった。

私の邪推かもしれませんが、『月9』というブランドイメージが、恵まれた製作環境を許すという良い方向に働いてなかった。むしろ、各方面からの無理な注文などの悪い方向で働いていたように思うんですよ~。

まあ、それが今のテレビドラマというものの置かれている立場なのかもしれません。人気がないと直ちに打ち切られるし、人気が出たら出たでいいように弄られるし。

と、最後は愚痴になってしまいましたが、ともあれ、もし第二シリーズがあるなら、もっともっと出来の良いものにして欲しい。それが私の願いです。

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2006年3月23日 (木)

西遊記 最終巻(第11話) 「天竺」

新聞掲載時サブタイトル 「天竺! 愛と勇気と感動の最終回!! 未来へ」
関西テレビ 2006/03/20(Mon) 21:00-22:24(JST)

えっと、取り敢えず新聞掲載時サブタイトルに言いたいのは、「愛」とか「感動」とか自分で言うのは見てるこっちが恥ずかしくなるのでやめて欲しかったです。まあ、今に始まった事ではないんですけど、最終回という事で、最後に言いたい事を言わせて頂きました。

まず、見終わって一番強く思ったのは、一クールにも満たない話数なのに、天竺にたどり着いたばかりか長安まで帰ってしまった事に驚きました。
昔から「日本の西遊記は天竺にたどり着けない」というジンクスが有るんですが、短い尺の中で天竺到着を実現した心意気は素直に褒めたいと思います。

妖怪の身故天竺に入れない悟空たちは、三蔵ひとりを天竺大雷音寺に送ります。
が、三蔵が大雷音寺で見たものは、民衆を救済する使命を忘れ、彼らを見下す高僧たちの姿でした。

私、てっきりここは原作の小雷音寺みたいな偽天竺かと思ったら老子までいて、本当にここが天竺だった、というのには正直驚きました。

ここで三蔵は、三ヶ月の苦行の末に肉体を経巻に変えるという、外道というか黒魔術そのものの儀式を命じられます。

結局三蔵は、悟空たちに諭されて大雷音寺を脱出しようとします。その途中、一時僧たちに捕まるのですが、その時三蔵が、使命を忘れた高僧たちに向かって「馬鹿者」と言った時にはさすがに「よ~言うた!」と思いましたよ。

伽藍に閉じこもり、民衆を救済するという使命を忘れて形式化するというのは、残念ながら宗教の歴史の中では繰り返されてきた事です。
しかしながらそれを批判する改革派が現れてそのたびに再生するというのもまた、宗教の歴史だったりします。教学論議に明け暮れて小乗化した上座部への批判から大乗仏教が生まれた事しかり、教条主義に堕したユダヤ教への批判からキリスト教が生まれた事しかり。

そんな彼らを迎え入れた謎の男(演じるは堺正章!!)。彼の正体はなんと釈迦。彼は三蔵に経典を渡します。
この時、『モンキーマジック』をBGMに釈迦が如意棒を見事に回した時にはさすがに嬉しかったです。ああ、私もやっぱりそういう世代なんだなと実感(苦笑)。

で、一同は無事長安まで経典を持ち帰る訳ですが…。
ラストシーンでなんと、経典が白紙になってしまいました。釈迦が何者かに誘拐され、その力が消えた為だとか…。どうも先の三蔵が肉体を経巻に変える儀式といい、このお話のお経というのは、単なる文書ではなく、なにか呪術的なアイテムらしいですね。

実際「お経で世の人々が救われる」という考え方は、今の日本ではなかなか共感されない事でして、これをどうするかが、実は日本で『西遊記』を映像化する時の一大課題なんですよね。
だからこの「お経をマジカルアイテムとして描く」っていうのは良いアイディアと思います。思いますけど、やっぱりいつか、より原作に忠実な西遊記も見たいな~とも思う訳でして。

そうそう、お経が白紙になっていたので天竺に引き返す、という話は原作にもあります。
三蔵が贈り物をしなかった事に腹を立てて、阿難と迦葉が偽物の経典を渡したんですね。この二人も釈迦十大弟子の二人なんですが。まあ、やはり天竺の高僧は堕落していた…という事で。

さて、今回が一応最終回ですが、来週もう一回「スペシャル」が有るそうです。さて、どうなる事か。全体の総括は、その感想とまとめてやりたいと思います。

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2006年3月16日 (木)

西遊記 第十巻 「滅法国」

関西テレビ 2006/03/13(Mon) 21:00-21:54(JST)
新聞掲載時サブタイトル「妖怪の国 凛凛の意外な正体!!」

凛凛の意外な正体…って、番組開始5分もせんと正体判明ですがな(笑)。まさか羅刹女の娘で滅法国の王女とは。私、凛凛の正体は観音菩薩だと思っていたんですが違いましたね。前回、混世魔王の軍を退かせたのも凛凛だったようで。

余談ですが、『最遊記』では牛魔王には凛凛(リンリン)ならぬ李厘(リリン)という娘が居ます。ただ、生母は玉面公主で紅孩児の腹違いの妹という設定になっています。

三蔵一行を助けるために、悟空を婿にとろうとする凛凛。媚薬を使って悟空の心を盗む…って所で「ヤツはとんでもない物を盗んでいきました。それは貴女の心です」という台詞を思い出したのは、私だけではないはずだ(笑)。

さてさて、羅刹女のお話。この間の感想で「ラスボスか?」なんて言ってしまいましたが、違いましたね。意外とあっさり悟空達と和解してしまいました。

羅刹女は実は人間出身だった、という設定には驚きました。人間が治める妖怪の国家とは…。
凛凛によれば、王位を狙っての刺客がたくさん居るとの事で(混世魔王や犬魔将軍がいい例ですね)、そんな中、夫亡き後(死んだのか?)妖怪たちの女王として君臨し続けてきたのだから、羅刹女には相当なカリスマ性なり政治力があったんでしょうね。

考えてみれば、羅刹女って「人間が妖怪たちを従える」という点で三蔵と同じ立場なんですよね。
でもって、「妖怪が人間の論理に合わせるか」「人間が妖怪の論理に合わせるか」という意味では正反対の立場でもある。
そのあたりの設定を突き詰めていくとなかなか面白そうなお話になったと思うんですが、登場は今回が最後のようで、もったいないです。

さてさて、小ネタ関連では、八戒が出産してしまった事にはびっくり。
たしか堺版西遊記でも八戒の妊娠ネタで一話ありましたね。
これは原作の西梁女国編由来のお話で、そちらでは三蔵も一緒に妊娠します。で、中絶のための水を求めて一悶着という とんでもないお話でした。
八戒の出産ともなれば一話ができるほどの大ネタだけに、これもちょっともったいなかったですね~。

次回は早くも最終回。妖怪の身である悟空達は天竺には立ち入れないとの事ですが、さてどうなるか。

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2006年3月12日 (日)

西遊記 第九巻 「花の国」

関西テレビ 2006/03/06(Mon) 21:00-21:54(JST)
新聞掲載時サブタイトル 「最強妖怪の罠」

さあ、残り2話と言う事で、ラスボスは羅刹女と言う事で決定のようですね。
妖怪たちの国・滅法国の女王だそうで、なかなか期待が持てそうです。

『砂の国』で名前だけ出てきた混世魔王も今回、本人が登場致しました。
なんというか、『ベルセルク』にそのまま出てきても違和感なさそうなかっこよさに驚きです。
悟空との荒野の決闘も、実にかっこよかった~。まあ、冬枯れの原っぱロケっていうのは低予算の賜物なのでしょうが(汗々)、今回は良い方に転がりましたね。

因みに「羅刹女」「滅法国」「混世魔王」といった名前は原作にも登場しているんですが、設定は全く再構成されていますね。
原作では、羅刹女は牛魔王の妻にして紅孩児の母。そして芭蕉扇の使い手として有名です。大体の西遊記モノでは重要キャラとして登場します。『最遊記』ではどちらかというと玉面公主の方が活躍してますが。
滅法国は人間の国です。国王が「仏僧を一万人殺す」なんて誓いを立てている物騒な国なんですが、しょせんは人間、悟空の術に懲らしめられて考えを改めます。
混世魔王は、悟空が須菩提祖師の許で修行している隙に水簾洞を襲撃した妖怪です。ドラマでは悟浄と三蔵の過去に関わるキャラですが、原作では悟空の過去に関わるキャラなんですね。

そうそう、あと今回出てきた美人花。花びらを吐くという事で、私は『D.C.~ダ・カーポ~』の「枯れない桜の呪い」を思い出してしまいました(笑)。そんな私は少数派でしょうか?

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2006年2月28日 (火)

西遊記 第八巻 「時の国」

関西テレビ 2006/02/27(Mon) 21:00-21:54(JST)
新聞掲載時サブタイトル「タイムスリップ!!過去への旅」

ちょっ…おまっ…え、取り敢えず私、今回は紅孩児にダメージ大でした(汗々)。なんなんですかあの人は~。
私、紅孩児といえば『最遊記』での超絶美形のイメージが強かったんですが、なんなんなんですか あののぶちゃんマンみたいな気色悪い眉毛は~(泣)。

え、気を取り直して…
さてさて、今回はタイムスリップのお話という事で、孫悟空の出生の秘密とかやるのかなあと期待していたのですが、基本的には今までのお話の総集編。まあ、今までの旅を振り返って思いを新たにするのは良かったと思います。
あと、今までのお話に、実は影でタイムスリップした八戒と悟浄が関わっていたという趣向も面白かったです。

ところで、紅孩児が誰かに連絡を取っていたのは、最終回に向けての伏線ですかね。原作でのお話を考えると、やっぱり牛魔王か羅刹女なんでしょうか?

そうそう、今回は三蔵がマジックキャンセルの御札を使っていましたね。そんな必殺技があったとは(苦笑)。
原作では、三蔵は凡骨凡胎の常人で特別の力は持っていないという設定だったんですよね。このドラマでも「自分の足で天竺まで旅をして(普通の人間としての努力を最大限行って)はじめて経典を受け取る資格が認められる」という設定でしたし、あまり三蔵には常人離れした所は見せて欲しくないんですが…。

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2006年2月22日 (水)

西遊記 第七巻 「幽霊の国」

関西テレビ 2006/02/20(Mon) 21:00-21:54(JST)
新聞掲載時サブタイトル「幽霊の国 熟女になった悟空!?」

今回は冥界下りのお話でした。古くはシュメール神話の時代から世界各地にあるおなじみのモチーフだけあって、なかなか安心して見られました。

ある廃寺にて幽霊の女と出会った三蔵一行。彼女は自分はかつて妖怪に殺された福永国の王妃・蓮歌と名乗り、意識を失った凛凛を担ぎ込む。
凛凛は、蓮歌を封印した妖怪の結界を解いた為に、身代わりに呪いを受けたのだという…。

凛凛は、悟空によると「けんかなまか」だそうです。
蓮歌は夫と子供が心配だから…と願い、悟空と共に王宮に行くとそこには偽蓮歌が。偽蓮歌は、悟空たちが乗り込んで行った為にかえって本性を現し、王と王子に呪いを掛けてしまう。
藪蛇という奴ですね(汗々)。いや、遅かれ早かれこうするつもりだったんでしょうが。

老子のアドバイスで、冥界の泉で魂を洗えば治るという事が判りました。
ただし冥界に行く為には一度死ぬ必要があり、そしてもう一度生き返る為には、冥界では決して振り返ってはいけないという。
そしてその時三蔵は「悟空、死んでください」と言い渡します。
いや、実際には、三蔵は悟空にはそれだけの勇気がある…という事だったんですが、さすがに驚きましたよ、ついにこの作品の三蔵までそんな外道な事を言う様になったとは。

冥界下りの描写はなかなか面白かったです。下る時にはなんの障害も無いが、戻る時にはさまざまな誘惑で振り返らそうとする。
ギリシャ神話のケルベロスもそうらしいですね。冥界を下ってきたものには甘えるが、冥界の道を戻ろうとするものは容赦なく食らい尽くすとの事で。

今回のお話は原作の烏鶏国編が元ネタと思います。まあ、そっちのお話では、井戸の幽霊は王妃じゃなくて国王の方なんですけどね。やっぱり偽物に取って代わられていてしかも善政を敷いているものだから、「国王は偽物だ」と言ってもすぐには信じてもらえなかったりします。

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2006年2月15日 (水)

西遊記 第六巻 「森の国」

新聞掲載時サブタイトル 「武勇伝!!新しい仲間」
関西テレビ 2006/02/14(Mon) 21:00-21:54(JST)

新聞版サブタイトルの「武勇伝」て、結局なんだったんでしょ?
それはともかく、今日はまた、お話が二転三転して忙しいお話でした。
いや、悪いというのではなく、ちょっとしたサスペンスだったなという訳で…。お姫様を閉じ込め人を食う森は実はお姫様を鶏肖魔人という妖怪から守る魔法が掛けられた森だった…とか、鶏肖魔人の正体は修周だったとか、さらにその正体は先に話題になっていた姫の飼い鶏だったとか。

しかし今回の一番の悪人は、あの冥蘭とかいうお姫様だったのではないかと。
飼い鶏に戯れに「鳥の様に外の世界に出たい」みたいな事を言って、それを本気にした鶏=修周に対して今度は「覚えが無い」とはま~あ。
悟空もさあ、「泣いてくれとは言わない」なんて言わないで、如意棒で二、三発頭を張るくらいしても罰は当たらないと思うんですが。

あと、新聞版サブタイトルに「新しい仲間」とあったから、玉龍の代わりに新しい旅の仲間が出てくるのかなと期待したのですが…。う~む、なんというか修周、良い味出していただけに残念です。

原作にこのお話のモチーフは無いかと探してみましたが、69話の金聖皇后編が近いかな…。妖怪から貞操を守る為に、刺のある魔法の衣を着て三年過ごしたというお話なんですが。

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2006年2月 7日 (火)

西遊記 第五巻 「子供の国」

新聞掲載時サブタイトル「子供の国悟空がパパになる!?」
関西テレビ 2006/02/06(Mon) 21:00-21:54(JST)

子供ばかりの町にやってきた三蔵一行。
町の長だという少年純純によれば、大人たちは猟に出かけていて皆出払っているのだというが、どうも様子が奇怪しい…。

さてさて、今回は原作由来のお話ではないのかな、ちょっと私は思いつきませんでした。
大人が居ないから平和とか、親が居ないと寂しがるのは弱虫だとか、純純の容赦ない言葉は実は寂しさを隠す為だった…というのはまあ、ありがちな設定ですけど、この熱血路線の西遊記なら許します。
なにやら、悟空役の香取さんは、いつもの決めゼリフの言い過ぎでついに喉がかれてしまったそうですし(汗々)。

そういえば、悟空も石から生まれたから親という物がいないんですよね。
そんな悟空も、家族とも言える三蔵たちと一緒に旅をして、それなりに思うところあったのでしょう。
確かに親が居ないと寂しがるのは弱虫なのかもしれないけど、実際子供というのは親を必要としているものですよね、そして実際親の方も子供を必要としている訳で。
人間というのは結局依存し合って生きているものだと思うのですよ。それが仏教で言う所の縁起説ってやつじゃないのかな。

そうそう、迦乳果というのには笑いました。老子様、こんなの栽培して楽しんでたんですね(苦笑)。いよっ、このエロジジイ!! こういう豪放磊落なところが道教らしくていいです。

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2006年2月 1日 (水)

西遊記 第四巻 「砂の国」

新聞掲載時サブタイトル「激辛!!砂の国の腕ずもう大会」
関西テレビ 2006/01/30(Mon) 21:00-21:54(JST)

『オーバー・ザ・トップ』でしたっけ。昔、シルベスター・スタローン主演で、腕相撲を扱った親子ものの映画がありましたね。 
子供たちの為に腕相撲大会に勝ち、水を得ようとする岩傑を見て、そんな事を思い出しました。

水が涸れて砂漠化した国に来た三蔵一行。しかし、なぜそんな状況になってまでその国の食堂では檄辛料理を出しているのか謎です。あと、先週も思ったのですが、この時代にはまだユーラシアになかったはずの唐がらしが何故あるのかも謎です(笑)。

その国から水を奪ったのは、悟浄の昔の恋人・金魚だった。
金魚を捕らえた三蔵一行ですが、死刑になる前に一目わが子に会いたいという金魚の為に、悟浄は金魚を牢から連れ出してしまいます。
かくて三蔵たちは、悟浄と金魚の帰りを待つ事になります。もし期日までに二人が戻らなかったら、代わりに死刑になるという約束をして…。
このあたり、『走れメロス』と同じシチュエーションですね。この作品の主要テーマ「なまかを信じるという事」が反復されるあたり、安心してみていられます。

ところで結局、金魚はどこまで本当の事を言っていたのでしょう。金魚の子供はどしているのか、そもそも本当にいるのか、悟浄と駆け落ちをしようとした時本当に待ち合わせの場所に来たのか、あの紅葉は本当に百枚目の葉だったのか…等々。
なにせセリフのやりとりばかりだったので正直よくわからなかったのですが、まあ、あの二人にとってはどうでもいいのかもしれません。
信じるというのはそういう事…。

そういえば、昔悟浄と金魚が仕えていたという混成魔王、今後出てくる予定はあるんでしょうか。一応原作にもそういう登場人物は出てくるんですよ~。悟空がまだ水簾洞で猿たちの王をしていた頃、悟空の留守を狙ってちょっかい掛けてきた妖怪なんですが。

あと、お水様の正体、私の記憶が正しければ確か「霊感大王」と呼ばれてましたね。実は原作にも同名の妖怪が登場します。天候を操る能力を持ち、十分な雨と引き換えに人々に生贄を要求していたんですが、その正体は観音菩薩の飼っていた金魚なんですね。

こういう微妙過ぎる原作由来ネタも、私はお気に入りだったりするんですが、マニアックですかね。

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2006年1月25日 (水)

西遊記 第三巻 「夢の国」

新聞掲載時サブタイトル 「再会、母よ!夢かなう寺の怪」
関西テレビ 2006/01/23(Mon) 21:00-21:54(JST)

現実に背を向けて美しい夢を見続ける方が良いのか、現実の未来に希望をつなぐのが良いのか。なかなか難しいですね…。
三蔵も最後には現実を選びましたけど、結構、つらい選択だったんじゃないかな。

さてさて、まず今回は、現実を食べるバクという逆転の発想が秀逸だと思いました。その人が一番見たがっている夢と引き換えに現実をもらうという設定、『吸血姫美夕』みたいでよかったな~(というか、OVA版の美夕にもバクって出てきましたね)。

まあ、こちらのバクは、妖しい美少女でなく怪しい坊さんだったのは残念。

そうそう、今回三蔵は「しょうい」(小褘?)と呼ばれてましたね。実は史実の玄奘三蔵の本名(正確に言うと諱ですが)は陳褘(ちん・い)というんです。まさか原作を飛び越えて史実ネタを持ってくるとは。
ちなみに話はややこしくなりますが、原作では三蔵の本名は陳玄奘です。ついでに言うと、原作での三蔵の母親・殷温嬌は、少なくとも三蔵18歳の時までは健在でした。

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