2010年9月19日 (日)

第十一番札所・摂取山正覚寺

厄払いのために、京都洛西観音霊場を巡礼しようと書いたのが、このお正月でしたか…。その後ご報告が全く出来ていませんでしたが、実は色々と回っていました。もう半分ほどになります。

で、ふと思い立って今日の分を…。本日は、第十一番札所・摂取山正覚寺に言って参りました。
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摂取山正覚寺、大山崎町下植野宮脇に所在の西山浄土宗の寺院。寺院本尊は阿弥陀如来です。札所本尊は、この阿弥陀如来の向かって右側の別室に愛染明王などと共に安置された千手観音。
この千手観音は、かつて淀川べりに建立した帰海印寺の塔頭・千手院の宝物であったと伝えられます。御朱印の左下の寺院名も「帰海印寺」とありますね。
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ちなみにこの帰海印寺は、鹿ケ谷の陰謀で流罪になった平康頼が赦免された後、かつての同志の菩提を弔うために建立したものだとか。

それからこのお寺、なぜか本堂入口に不動明王が祀られていました。っていうか、本堂の階段に安置されているんですね~。上の写真では小さすぎてわからないと思いますが…。

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2010年1月 3日 (日)

厄払いをかねて巡礼でもするべえ

…などと、ふと元旦に思い立ちました(汗々)。巡礼といっても最近流行の(アニメのロケ地とかの)聖地巡礼じゃないですよ。

私、去年の年末には生まれて初めての入院、そして今年は厄年だったりします。何か厄払いを…と思ったんですね。
きっかけは、初詣に行った大原野の法寿山正法寺で、『京都洛西三十三ヵ所ガイド』という本が売られていた事。うちの近所にも、「洛西観音霊場」という霊場が整備されていたという事実に、ふと心に引っかかりを感じたのでした。そこでこの本を購入、各霊場のリストを見ると、結構近所のところが多くてこれならかなりの場所が自転車でいけそうだなと思い、早速その日から始めてみる事にしました。
実はその当の正法寺も、番外霊場として加わっていたのですが、巡礼の必需品である「御朱印帳」をまだ持っていなかったんですよ。で、まずはそれの購入を兼ねて順礼の打ち初めをしようと、午後から粟生山光明寺を目指したのでした…。

と、ここでちょっと説明。日本では、古くは平安時代から観音菩薩信仰がさかんで、観音を祀る寺院を巡って参拝する習慣が生まれました。こうして西国三十三所のような観音霊場が定められ、特に世情が安定し人々の生活レベルが向上した江戸時代には庶民にまで巡礼が広まりました。

とはいえ当時はまだまだ旅をするには時間も費用もかかりました。多くは「観音講」といわれる隣近所や親族などで組織した信仰者組合を作って費用を出し合い、代表者を決めて巡礼に行ってもらうという形式がとられました。
しかしこれでは行ける人間も限られてしまうし、もっと身近な所で誰にでもできる観音巡礼はないか…と言うことで、各地域に言わば「ミニ西国三十三所」が作られたのでした。

京都の西山地域でも、江戸時代後期までにはこのミニ西国三十三所が作られていました。それが洛西観音霊場の前身「西の岡三十三所」です。
この西の岡三十三所への巡礼は、昭和40年代くらいまでは細々と続いていたようですが、もともと札所(巡礼で参拝する各寺院)として定められていた寺院の中には廃寺になった所もあったりして、一時は廃れたような状態でした。
そこで安岡山西迎寺の当時の住職・長澤慧岳師の呼びかけで西の岡三十三所の各札所寺院が霊場会を結成、1978年に新たに「洛西観音霊場」として再スタートを切ったのでした。20周年の1998年にはさらに京都の名を冠して「京都洛西観音霊場」を正式名称に定めて今に至ります。

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